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2009.11.15 Sunday

ネットが信頼性のあるメディアに、とかいう話で

なんかちょっと変だなと思うのは
「インターネット」を1つのメディアと捉えているところ。
インターネットの上に信頼できるメディアもそうでないメディアも
あるってことだと思うんですけどね。
というか、紙媒体にしても信頼できるものもそうでないものもある。
新聞に限ったって同じ。

もともと抽象的な話題なので、イメージずれやすいですけど
インターネットはあくまでインフラだと捉えておいたほうが
いいと思うんだけどなぁ。
2009.08.20 Thursday

ガンダム



ガンダムがはりつけられるってすごいな。
一般のユーザーブログをメディア化するっていう
ユニクロックとかそういうブログパーツなんかと
近い発想なのな。たぶん。
2009.08.10 Monday

新聞の個性・価値

小林恭子の英国メディア・ウオッチ : 新聞サイト、課金について考える
私がFTやエコノミストを有料購読しているのは、別に経済関係の媒体だからではない。決してない。だから、「経済紙は特別だから、だから有料にできるんだ」というのは、神話というか嘘じゃないかなと思う。FTやエコノミストのテイクというか、ものの捕まえ方が知りたい・読みたいからお金を払っているのである。もちろん、無料で読めるなら、それに越したことはないのだけれども。


わかる。わかるんですが
日本の新聞(経済誌は除く)でそれって成立するんだろうか。
「報道機関は常に不偏不党の立場で真実を伝えなければならない。」
みたいなことが建前にすぎないとしても存在している。
実際は左寄りだったり右寄りだったりするんだけれど
それでも「不偏不党」であるとしている。(と思う。)
各紙の個性なり立ち位置なり、あるいはブランドといってもいいけど
そういうものがお金を払う価値として存在してるんだろうか。
読者から見たら実際はどれでもよくて、洗剤だったり野球のチケットで
十分スイッチ可能な程度の価値しか提供できてないんじゃないか。

というかそもそもそういうものに
新聞社側が価値を持たせようとしてきてたんだろうか。
少なくとも見やすい、読みやすい、ということぐらいしか
個人的には覚えていない。

つまりは日本の新聞の場合有料にしたとして
価値を見いだしてくれる読者は少ない。
という意味でなおさら絶望的な気がする。
2008.09.15 Monday

野田凪の訃報がいっこうに日本のメディアに流れない

数日前どこかで野田凪が亡くなったとの話を見かけた。
しばらく前にハンパンダのキャラクターのお葬式をしていたり
もしかしたら誤報というよりはパフォーマンスなのかも…
と思ったりもしていたんだけど、そうでもないようだ。

Partizan
Nagi Noda passed away on Sunday, 7th September 2008. Everyone at Partizan extends their deepest sympathies to all her family and friends. She was a beautiful spirit and an extraordinary talent, she will be greatly missed.
Partizanには当初からこの文章が掲示されていた。
しかし数日たっても日本のメディアにはいっこうに流れていない。
google newsでチェックしているだけなので
漏れているところもあるかもしれないが
訃報がどこにも流れない程度の人物ではないはず。
どういうことなんだろう。


いろいろと取りざたされるところはありましたが
まだ35歳という若さ。
早すぎることには変わりありません。
残念です。
2008.09.15 Monday

あんどーなつの番組情報

普段この時間に家にいることはまずないんですが
たまたま祝日ということでテレビの番組情報をみていたところ
TBSの「あんどーなつ」に変な文章を見つけました。
「ものづくり」への真摯な情熱とまごころが、毎回1話完結の人情味あふれるドラマを、時には熱く、時にはしみじみと、感動的に綴って生きたいと思います。
なんだろうこの不思議な文章は。
誰が誰に向けて語ってる文章なのかよくわからない。
「綴って生きたいと思います。」
が誤植で「綴っていきたいと思います。」だとしてもよくわからん。
製作者っぽい話し方ではあるんですが…。

うちはAQUOSなんですが、他のメーカーだと
別の文章が出てくるのかもしれないな。
というかそもそもこの文章は誰が作成して
どういう経路でテレビに出てきてるんだろう。
TBSのオフィシャルな文章なんだろうか。
オフィシャルサイトにはそれっぽい文章ないしなぁ。

2008.05.30 Friday

放送は生で見るものです

ITmedia ライフスタイル:ブルーレイは大好きだがコピーワンスは大嫌い
 麻倉氏がこのような話をある会合で語った時に、とある在京キー局の人がこう語ったという。

「放送は生で見るものです。アサクラさん」

「コピーワンスは、もしかしてエアチェックする気をなくさせるのが目的ですか?との質問に対して、在京キー局の人は『まさしくその通り』と答えて非常に驚いた。こういうことをいっているのだから、ハイビジョン時代になっても放送局の体質は全然変わっていない」
生で見なくちゃいけない必然性のあるものってどれぐらいあるんかね。
というかそもそも録画したものを放送している番組でも
「放送は生で見るものです」
なんだろか。

生であることの本質的なバリューみたいなものを
追求した上で言ってるんなら話の続きを聞きたいものですが
上の文脈ではそうでもなさそうだ。
僕の場合だと生でしか見られないんだったら
多くの番組は見なくなる。既にそうだし。

能動的なメディア接触になれた人たちにとっては
プロ野球中継で後ろの番組がずれることすら
昔のようには許容してもらえないと思う。
たまたまなのかだからなのか
野球の視聴率が落ちて、放送自体が減ってるので
こうした「事故」は少なくなってるけど。

「生で見るものです」
というのは放送局の売り物である「広告枠」が
有限のタイムラインの中にあるわけで
誰もが自由にいろんな時間に番組に接触することになると
タイムラインの価格表が意味をなさなくなる。
という売り手の事情だよねぇ。

ほんとにCCCDのときと同じレールな気がしてならない。

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