「聞いてほしい独り言」を許容するデザイン
過去のメモ、ノートやブログ、社内SNSに自分が書いた事を
たまにざーっと見返して見るととても面白い。
過去の自分と今の自分は他人だなというか
全く忘れてる内容もあれば、
こんなことに気づいてたんだという内容もある。

ということで過去の文章をたまに引っぱりだして
色々考えてみるというのをやってみようと思う。

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■「聞いてほしい独り言」を許容するデザイン
■ 2005.07.10
■ 社内SNS

ナレッジマネジメントがなぜうまくいかないか
MLで情報共有、というのがなぜ義務レベルにとどまるか
掲示板はコメントがつかないと寂れてる感が出てしまうが
ブログや日記は何故そうでもないか。
この辺の原因はだいたい同じところにあるんじゃないかな。

聞いてほしいんだけど、全員宛MLには投げづらい、とか
なんとなく思いついたんだけど、ま、思いつきレベルだし…とか
そういうことを吸い上げることでナレッジマネジメントは
最大の効果を得られるんだと思う。
報告、議事録といった部分も当然義務レイヤーとしては
必要なことだけれど、クリエイティビティとか
今までにないこと、という意味で言えば義務からは出てこない。

相手にされなくても、コメントつかなくても寂しくない
というインターフェイスってけっこう重要。
これってデザインの領域の問題だと思う。
独り言だから、という言い訳が使えることで
どれだけ気楽に物が言えるか、という部分は大きいような気がする。
たぶんナレッジマネジメントで一番重要なところは
こういった「聞いてほしい独り言」として埋もれてしまうような
ところにこそあるんじゃないかな。


掲示板に独り言、は難しい。
構造からして「コミュニケーション用」になってしまっているから
自分の発言の後に何のレスもつかなければちょっと寂しい。
#2ch系はスレッドをたくさんつくれることで1つのスレッドでの
 寂れ問題をある程度緩和できてると思う。

コミュニケーションツールを考えるときに、
「コミュニケーションが途切れた時」にも苦しくない
というデザインを考えておくっていうのはかなり重要かも。


ということで社内のグループウェアにも遊びは必要。
遊びがあることで、気楽な情報発信が増えるなら
多少の遊びには目をつぶれるんじゃないかな。
サイボウズの掲示板はやっぱ、デザインがだめだ。
元々「ちゃんとした話」をする場所のデザインだから。

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ふーむ。
twitterってまさにこの辺を実現しているデザインな気がするな。
基本言いっぱなしでよくて、誰かの発言に絡むのも自由。
放っておくのも自由。好きな時だけレスすればいい。
という気楽さから表に出てくる言葉っていうのは
やはり沢山あるんじゃないだろうか。
もっと圧力の強いチャットツールとして使っていたり
そういうツールとして受けとっている人ももちろん
いるんだろうけど。
| 11:30 | communication |
 
Comment
kengochi節が効いてますね(何が
posted by umazura | 2008.01.22 |
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