Category: communication
 
有名人の概念
油断してるとすぐにブログが停滞する昨今。

Twitter / おちやん: 津田氏が自分のアカウントで自著の宣伝してるの見て思っ ...
津田氏が自分のアカウントで自著の宣伝してるの見て思ったけど、blogやtwitterは規模がでかくなるほど有名人はほとんどダタで簡単に大勢に広告することができるな。日本より規模が何十倍の米国はとっくに営業格差は出てるんだろうな。


昔と「有名人」の概念が変わってきてるんだろう。
寒い言い方したら有名人1.0と有名人2.0
わー、寒い。
やめとこ。

昔の有名人はメディアに乗ることができる人。
テレビに呼ばれる、出られる
本を書かせてもらえる、出せる
CDを出してもらえる、出せる etc...
メディア・媒体側からオファーがあって
そこに出る価値があると思われている人
というのが有名人だったような気がするが
編集権のようなものまで持っているケースは少ない。
(ラジオの生放送なんかだと、有名人側の裁量が大きめだったりするけど)

一方今後の有名人は自分でメディアを持っている人
自分がメディア化している人
編集権を持っている人。
自分の裁量で直接自分の言葉を伝えることができて
それを聞いてくれる、見てくれる人が一定以上いる人
これが今後の有名人ってことだよな。
ホームページ、ブログ、twitter等々。
| 17:22 | communication |
 
 
ポジショントーク
ポジショントークって何よとか
ポジションの無いトークなんかあんのか
みたいな話があるんですけど
wikipedia見ると
ポジショントーク - Wikipedia
ポジショントークとは、株式・為替・金利先物市場において、買い持ちや売り持ちのポジションを保有している著名な市場関係者が、自分のポジションに有利な方向に相場が動くように、市場心理を揺さぶる発言をマスメディア・媒体などを通して行うことを指す。

ということなんで、意図があるかどうかがポイントなのかな。

ポジションの無いトークなんてものは
まあないっちゃないんでしょうけども
意図以外にもそのポジションに自覚的かどうか
っていうのはかなり大きい気がします。

意図も自覚も外からみたらわからないので
ポジショントークのつもりはなくて
客観的な発言をしているつもりでも
外からはポジショントークに見られる
ってことがあるのは仕方ないな。
| 21:38 | communication |
 
 
実利じゃなくて娯楽ですよ
私が「Twitter」を受け入れられない理由:コラム - CNET Japan
私が「Twitter」を受け入れられない理由


書いてあることはまあわかります。

私には個人的な情報やとりとめのない思いを、なぜ世界に向かって垂れ流す必要があるのか理解できない。Twitterはまさにそのために設計されている。 Twitterは、友人のみならずウェブサイトをうろついて赤の他人のくだらない物思いに目を通すひまのある人間たちに向けて、頭に浮かんだもろもろを思いつくまま伝える手段となるべく作られたものだ。


ブログも多かれ少なかれそうだし
この元記事だって多かれ少なかれそうだと言える。
自分はtwitter気に入らないというとりとめもない思い。
(を、周囲への聞き取りなどして肉付けしてあるけど。)
そもそも「必要」があってやってる人などいない。
いや、いるのかな。
そういう必要性に向けて設計してるとは思えないけど。

こういうのはブログが流行り始めたときにも
同じようなことがあちこちで聞かれたしSNSでも同じで
携帯メール中毒でもポケベルでも同じだった気がする。
特に「コミュニケーション」を目的とするツールが
出てくれば今後も同じようなことが言われると思う。
そういうコミュニケーションって特に「必要」ないから。

僕が思うに答えらしきものは2つあるかなと思っていて
ひとつは「おもしろいから」というみもふたもない結論。
coolでもsexyでもいい。
別に便利だから使ってるわけでもないし
実利的に価値があるから使ってるわけでもない。
番犬として役に立つから犬を飼うっていう人は
どれぐらいいるか、みたいな。
かわいいから飼う。犬が好きだから買う。
そういうレベルの話かなと。

もうひとつは
多くの人はコミュニケーション中毒だっていうことかな。
でもって娯楽としてのコミュニケーションには必要性なんて無い。
だって娯楽だから。
ということは1つめの答えと同じか。
[追記]
後で考えてみると
「面白い」から使い始めるのって
キャズムでいうところの
イノベーターとアーリーアダプター(アドプター)で
何が便利なのかっていうのが気になるのは
アーリーマジョリティー以降の層
っていう図式もあてはまりそう。

面白みを見つけて合理性を気にせず
はまっていくのがイノベーターで
それが普及期に近づいてきたところで
これって何なの?何が便利なの?
なんか使ってる人増えてきてるんだけど?
ってなるのがアーリーマジョリティー以降。
うむ。
| 09:52 | communication |
 
 
ダイアログ・イン・ザ・ダークに行ってきました
did
ダイアログ・イン・ザ・ダーク はじめての方へ
ダイアログ・イン・ザ・ダークは、まっくらやみのエンターテイメントです。

 参加者は完全に光を遮断した空間の中へ、何人かとグループを組んで入り、暗闇のエキスパートであるアテンド(視覚障害者)のサポートのもと、中を探検し、様々なシーンを体験します。
 その過程で視覚以外の様々な感覚の可能性と心地よさに気づき、そしてコミュニケーションの大切さ、人のあたたかさを思い出します。


先日ダイアログ・イン・ザ・ダークというイベント?体験展示?
に行ってきました。
完全な真暗闇で見知らぬ人8人+アテンド1人。
視覚を完全に奪われた状態で何が起こるか。

サイトのトップページには
「人に、やさしくなれる場所。」
とあったんですが、最初は全く意味が想像できませんでした。
でも体験した後ではなるほどなぁと腑に落ちます。

中で何が起こるか、どういう体験をするのかということは
ネタばれになってしまうので書けないですが
具体的なことは何も知らずに体験することがとても大事だと思います。
少しでも興味を持った人がいて
チケットがまたとれるなら確実にお勧めします。
体験した人同士でないと話せないことも多いので
僕の周りの人には特にお勧めします!

月が出ていなくても夜空が明るい東京において
何分たっても一切暗闇に目が慣れることがない
という体験はいままでしたことがなかったので
そのことだけでも価値はあります。

見えなくても人は見ようとするんだなという
人の認知に関わる興味であったり
コミュニケーション手段が声と身体的接触に制限された空間で
人がどのようにふるまい、どのように行動するのかという
アフォーダンスや行動心理学的な見方からも興味深いと思います。

いやぁ、なかなか得がたい経験でした。
また機会があれば参加したいと思います。
そのときはきっと初回とは違った行動をとるでしょうし
違った経験を持ちかえることだろうと思います。
| 15:42 | communication |
 
 
知ってたけど気づいてなかった
たぶん同じようなことを何度も書いてるんですが
気にせず書く。

僕はメッセがけっこう好きで
というか役に立つ事があって
文字にする事によって
自分で自分の書いた文章を読んで
ようやくそこで何か発見する
ということがとてもたくさんある。
会話だと流れちゃうんでもったいない。
むしろ口頭の会話も全部ログとって
スカウターで見たいぐらい。
これできたらいいんだけどなぁ。

それはさておき
1.自分の頭の中に要素/パーツとして存在する知識
2.書くなり話すなりして一旦outputした文章/文脈
3.2をあらためて見ることによるinput
という1~3の状態は全部バラバラってこと。
1と2の間には会話によるインタラクションで
何らかのエフェクトがかかっている。
2では「理解」とは直結していなくて
3の段階ではじめて「理解」と言えるようなことがある。

1と2の間に関していうと
メッセで「聞き役」になってくれる人がいると
とてもいいんですよね。
前の会社の同僚がまさにそれで
全く話が通じないわけではなくて
でもそんなに深く色々と知ってるわけではなく
好奇心が強いので相づちだけでなく
質問もしてくる、というような。
それでもって趣味レベルの話もよく通じるので
ネタ的な比喩とか軽口も叩ける。
それはもう単なる会話というより
インタビューですよねっていうやりとりがあると
自分の言葉ですごく色々発見できる。
知ってたけど気づいてなかった、みたいな。
そう考えると彼女は相当優れた聴き手だったんだな。
もしかしたら好奇心じゃなくて
つきあいとして聞いてくれてただけかもしれないけど(笑)
| 00:11 | communication |
 
 
頼れる人がいないというチャンス
わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる: 娘親限定「女の子が幸せになる子育て」
たとえば、女子校のメリット。それは、「男女の役割分担からフリー」であること。共学だと、重いものを運んだり、荒事・電気配線は「男の子」、被服・飾りつけ・飲食関係は「女の子」と振られてしまう。女子校の場合、すべて自分で行う必要が出てくる。その結果、共学では出会えなかった得意分野に気づく可能性が広がるという。なかでも一番育つのは「リーダーシップ」だという。なるほどなるほど。


なるほどなぁ。
と思ったと同時にこれは女子校に限らず又は男子校に限らず
あらゆる環境でおこりうることだよなと思う。
自分より20も30も年長の人たちと一緒に働く環境と
同年代ぐらいの人たちだけと働く環境でも
課せられるミッションはおのずと変わってくる。
ボーイスカウトなんかもそういうところがあって
10代や20代で、自分より小さな子供たちの
命や安全を預かるような経験をすることがある。
つまりは「頼ることのできない」「誰かに任せっきりにしない」環境
というチャンスが大事であるっていうことに一般化できるかもしれない。
人間、負荷かからないとやれないですよ。普通は。

いろいろな「偏った環境」での生活というのは
「そんなに偏りのない普通(ってどんなだ)の環境」
での生活に役立てることができる、というか
普通を相対化して考えることができるという点でも
いろいろとメリットのあることなんだろう。

かといって自分がもう一度人生やりなおすとして
高校生活を同じように男子校で送りたいかというとあれなんだけど!
| 10:35 | communication |
 
 
頭の中のもやもやを形にすること
アウトプットが大事なんだよっていうのは
僕は会社でも何度も何度も言ってるんですが
同じ言葉にも当然ながら色んな側面があります。
tumblrのreblogでもソーシャルブックマークでも
「そんなのアウトプットと言えるのか!」ていう意見があって
「創作活動」としてのアウトプットと
思索、ブレスト、思考実験としてのアウトプットには
相当大きな差があるんですね。それは当然です。

私が対象としているのは後者の方です。
つまり
「自分の頭の中にあるものは
 文章なり図なり絵なりにして
 一度外に出してそれを見る/眺める
 というステップを踏まない限り
 その形がわからない。」
ということなんですね。

アウトプットするということはすなわち形を与えること。

自分は書きながら、話しながら、メッセをしながら
自分の考えをまとめることがよくあって
文字になってはじめて、自分の頭にあったことが「解る」
ということがとてもよくあります。

別に誰かに見せることは必須ではなくて
自分しか見ないノートであったとしても
非公開のブログでも、ローカルのwikiでも
自分とのコミュニケーションであると捉えれば
それはそれでとても意味のあることなので
みんな何かしら書いたほうがいいよ。
それを見てはじめて理解できるんだと思う。

何回も同じようなこと書いてると思うけど
まあそれは気にしないでください。
| 19:31 | communication |
 
 
本棚を見せるということ
私は職場で座席の横に本棚を使わせてもらっているんですが
先週末社内で何人か分の座席を移動する小さな引越があった際に
総務人事部のKさんが私のところにいらっしゃって
まじまじと本棚を眺め
「あれ、鈴木謙介読まれるんですね、マニアックだな。」
「『社会調査のウソ』も読んだ事あります」
とかなんとか話しておられました。

移動のあれこれが終わった後に聞いてみると
大学時代に社会学関係にはまったというので
「『アーキテクチャの生態系』ってのが最近買ったやつで
面白そうですよ」とおしえてあげると
「アーキテクチャってきくとテンションあがります!」
との反応。
近くにこういう感覚が通じる人がいるとは
しかもバックオフィス系のスタッフで。びっくり。

こういうのってiTunesのプレイリストを見せるような
もんだと思うんですよね。
パッと見で何が好きかとか何に興味があるかとか
そんなものわかりっこないわけですが
でもその対象範囲が狭ければ狭い程
通じたときの回路は太くなったり。
昔あるコミュニティサイト運営の人が
「本棚を背負ってパーティでうろうろするような感じ」
と表現しておられたのもまさにこういうことで
俺はこれが好きだー、と大声出して歩くわけじゃなく
自分の好みの結果がリストになっていて
それが外から見えるところにある。ということが大事。
この距離感がいいんですよね。

それで「本」というところにフォーカスすると
やっぱブクログだなと。
最近ブログパーツもリリースしたり
開発がまた活発になっているので
僕も自分の本棚整理しようかなと思います。

| 10:47 | communication |
 
 
暗黙知の多い人同士にこそ齟齬が産まれる
F's Garage:仕様書や指示書で、人の本心を探り出せ!
同じ言葉を使っていても思っているレイヤーが違っていたりして、全く誤解をしたまま話を進めていることが多々あって、紙に書いて共有した瞬間に不整合に気がつくなんてことはよくある話。

こういうのは黙って進めると、開発や制作などの実装の段階で気がつくわけだが、その段階までに、後戻りできないことが見つからなかったら、そのプロジェクトマネジメントは負けだ。

自分が思ってることと、他のステークホルダーが思ってることとの差違を露出させるために、相手に「ん?なんか違くね?」って思わせる資料を作ろう。

疑問に思ってることが共有できれば一歩先に進んだと言える。


えふしんさんの書いてることに同意でありまして
おそらく最近は同じ場面で同じことを思ってるんだと思いますが
この話で1つ罠だなぁと思うことは
暗黙知の多い人、すなわち経験が豊富な人との間でこそ
こういった意識の齟齬が発生しやすいんじゃないかっていうこと。
むしろ何にも知らない素人の人が相手の方が
あ、この人わかってないな、的なシグナルに気づくこともあるだろうし
もっと明示的に「わかりません」と言ってもらえることもあるだろう。
なまじっか経験があって、自分の中にいろんな(過去の)イメージがある
そういう人との間のやりとりのほうが「わからない」シグナルの無いまま
ずれた理解で進んでいく危険性が高い。

顧客が本当に必要だったもの
という有名なネタ画像があるんだけど
これは何も「できない奴」同士だから発生する問題ではなくて
「できる人」同士でも手を抜けば十分に発生する問題なんだろうなと思う。

そういう意味で
手慣れた人たち同士の間にも仕様書、図解、文章での説明には
相当な重要度があるわけです。あのネタ画像を馬鹿にしてるだけの人は
コミュニケーションの行き違いの本当の怖さを理解していない!

とか偉そうに書いてる僕も今朝までは単なるネタ画像だと思って
笑いの種にしてました!!
| 20:11 | communication |
 
 
意思決定の場面を共有すること
最近あるプロジェクトの会議を毎朝行っている。
毎朝30分から1時間程度。ほんとに毎日。

その場には自分よりはるかにビジネス経験が長い
すぐれたビジネスパーソンが何人も同席していて
参考になることがとても多い。

ある議題について意見を述べ合うこともあり
小さいことや大きいことの意思決定を行うこともある。
そういう「意思決定」の現場に立ち会うことっていうのは
価値観を理解したり共有することにかなり有効に働くんだな
と、あらためて実感する今日この頃。

A案かB案かどちらを選ぶか。
結果A案を採用しました、というだけではわからないことが
意思決定の現場にはたくさんある。
理由が何であるか、ということだけなら議事録見ればいい。
実際はそういうことよりも、
何を大事に思うか
何に価値を見出すか
どういう発想で何を判断しているか
といった事柄を感じることが大事なのだと思う。

おそらくそういう場面をたくさん共有していけば
考え方の同じところも違うところも理解できてくるんだろう。
| 12:49 | communication |
 
 
予想外の接客
先週カラオケに行ったんですよ。
連れが先に行ってまして
僕は遅れていったんですよ。
雨降ってたんで傘さしてたんですが
入り口入って傘をたたんで
受付で話をしていたところ
横から女性の店員が近づいてきまして
傘用のビニール袋を広げて
さあどうぞみたいな感じで。
片膝つくとこまではいかないですけど
それぐらいの感覚。
そのお店の接客としてそうやってるのか
その人が個人的にやってるだけのことなのか
わからないですけど。

それでちょっとびっくりしましてですね。
ホテルとか予約が必要なレストランとか
そういうところじゃなくて
1人1時間数百円のカラオケ屋さんで
たぶんバイトの女の子3人で受付回してるぐらいの感じで
そういう接客されたので衝撃受けました。

次回も同じ事があるのかどうか。
| 19:57 | communication |
 
 
日本人は他人を信頼していないか
「派遣村」叩きに日本の国民性を思う - 玄倉川の岸辺
普通、常識として信じられていることに、「日本は信頼社会であるのに対して、アメリカは信頼よりもドライな契約関係が重要視されている」ということがある。しかし、調査によればこれとは全く逆の結果があらわれている。

「たいていの人は信頼できると思いますか」に「はい」と答えた人 ・・・・・アメリカ47パーセント、日本26パーセント
「他人はスキがあればあなたを利用しようとしている、と思いますか」に「そんなことはない」 ・・・・・アメリカ62パーセント、日本53パーセント
「たいていの人は他人の役にたとうとしていると思いますか」に「はい」 ・・・・・アメリカ47パーセント、日本19パーセント


確かにこの元記事を書いた方と同様に僕も違和感というか
「えー、そうなんだ…」という感想を持った。
信頼社会ではないのか、日本は。
でも自分の体感としてはそんなでもないよなぁと思う。

この調査結果と自分の体感が両立する条件としては
「他人がいるところで答えたかどうか」
というのがありそうな気がする。

つまり、他の人に見られているような状況では
「たいていの人は信頼できると思いますか」で「はい」と答えるし
実際そのように振る舞う。
しかしそれは建前で実際は「いいえ」と思っている。
みたいなことはあるんじゃないかなぁ。
そしてそれはそれでわりと日本人ぽい気がしないでもない。

| 15:32 | communication |
 
 
線に課金
コンテンツに課金するというのは
今後もどんどんと難しくなっていくと思うんです。

急な話の入りでなんのことかというと
iTunesがDRMを全廃というニュースが出てますよね。
Macworld Conference & Expo 2009:iTunes Store、全曲DRMフリーに - ITmedia D モバイル
米Appleは1月6日、米サンフランシスコで開催のMacworld Conference & Expo 2009で、iTunes Storeで提供する楽曲をすべてDRMフリーとすることを含む、幾つかの変更を発表した。

流れからいって順当ではあると思うんです。
デジタルデータは本質的に複製可能で劣化しないし
インターネットによって流通コストが個人負担できるレベルに
下がってきている世の中にあって、
DRMで規制をしてっていうのは、どのみち無理が来る話だった。
濁流に土嚢を積むようなものだなぁと思ってました。
音楽でいえばDRMで流通可能性を阻害されている「プロの音楽」より
DRMフリーの「アマチュアの音楽」のほうが再生回数が多い
なんてこともあるわけで。
例えば乗換え案内でもニュースでもいいんですが
そういうものを有料コンテンツとして提供しているところがあったとして
無料で同様のことをされると勝ち目がないですよね。
無料の代わりに広告、というのも形を変えた有料提供なんですが
一切対価を求めず、目立てばいい、注目されればいい
っていうものと競争するのは大変だと思う。
ある種、対ゲリラ戦。

あと、これまでも「コンテンツに課金」できてたのかというと
入れ物である本やレコードやCDや、そういう物理的な「物」に
課金対象を託してたっていうのも実際のところ。
誰でもプリンターで印刷できる
誰でもCD-Rに焼く事ができる
誰でもYoutubeにアップして動画を配信することができる
等々
その部分の特権がどんどんとなくなっていく。
ある面難しい時代だと思いますし
ある面ものすごくエキサイティングな時代だと思います。

どこに課金するのかっていう話で別のニュースでは
Amazon S3で、新たなデータマネタイズ手法登場 - @IT
新機能のRequester Paysは、Amazon S3上に保存したデータを利用する場合に掛かる転送量に応じた課金を、データ提供者ではなく利用者側に対して行う仕組み。これにより、大きなデータを公開しても、それによって発生するトラフィックを公開者側が負担する必要がなくなる。

これはパケットに課金している携帯キャリアと似たようなもので
土管屋とも言われるような形。
あと最後のところにある
Amazon S3で、新たなデータマネタイズ手法登場 - @IT
これまで通り、1GB当たり15セントなど、Amazon S3上に保存するストレージ利用料は発生する。

これは場所代ですよね。レンタルサーバーみたいな話。

それで。
今後はやっぱりコミュニケーションの単位というか
アテンションというか線に対する課金が出てくるだろうと思う。
社内でも2年前ぐらいの年末の会議でそういう話をしたんですが
まだまだそういう取り組みはできていないので
今年はそういうことをやっていきたい。
コンテンツに課金するような形に見えて
実際は線の単位に課金をしていく。そんな妄想。

最後が急にぼんやりするのは仕様です。

| 16:22 | communication |
 
Comment
こんにちは。

この話少し難しいですが、要約するとなにかレンタルサーバーと似ているなという感じですね。


其れと今はかなりインターネットはかなりエキサイティングな時代だと思います特にレンタルサーバーの数が凄いですね、

ブログやほかになにか、やろうかなというと言うとrんたルアーバーが必要になってきますからね。

当然、
インターネットでの課金と言うものもこの一つかな、いろんな意味で今年もインターネットの世界もかなり変わっていきそうな感じ。
posted by まーくん | 2009.05.14 |
 
~はこちら
2chに限らずネット特有の言い回しっていろいろあるんですが
その中でもそろそろ10年選手と言ってもいいのが
「~はこちら

「リンク」というものの表現方法のひとつなので当たり前かもですが
これってその他の場面では一切でてこないですよね。
しゃべり言葉で「こちら」なんつってもねぇ。

で、googleとY!で「こちら」で検索してみました。

googleの検索結果はこちら

1,2位はadobeのacrobat readerとflash player
なるほどねぇ。
3位は郵便番号検索。ほう。
4位はYahoo!。ほうほう。
そのあとイーバンク、Windows Media、QuickTime、WebMoney、Javaと続きます。
まあわかるような。

Yahoo!の検索結果はこちら


1位はこちらもadobe reader
2位はQuickTime、3位はiTunes
4位になぜかクロネコメール便。なんでだろ。
5位はYahoo!
そのあと郵便番号検索、Windows Media、Sony Music Online等々

なかなか面白い検索結果でした。
| 19:05 | communication |
 
 
匿名での情報発信
インターネットでの匿名発言を肯定的にみる意見として
「内部告発」的なものがよく例であげられるんだけど
僕個人の感覚としては、それよりも別に感じるいいところがある。
「リアル世界の個人と紐づけられると不利益があるが
 生活感覚や個人的な感情の吐露としても社会的有益性のあるもの」
と抽象化して書くとよくわかりませんが
例えば種々の理由で被差別状態にある人のブログであったり
少数であるが故に社会的に理解されにくい
例えば障害や病気を持っている人、特殊な仕事をしている人の日常等。
内部告発のような突発的、局地的な情報発信よりも
日常的に継続的に発信され得ることであるが為に
「誰でも簡単に情報発信できる」という
現在のインターネットを大きく活用できると思う。

まあ「匿名性」云々の議論て往々にしてスコープがばらばらなので
単純な賛成意見でも反対意見でもないんですけどね。
そういう「インターネットがなければ知り得なかった情報」に
触れられること、というのはとても有益であって
そういう情報発信の中にはリアルと紐づけられるようでは
不利益が多くて出てこれないようなものも沢山あるよね
という話。
| 15:07 | communication |
 
 
信頼関係と感情
なんというか、信頼関係の欠如がもたらす問題って
そこかしこにちらばっていて
あー、あれがうまくいかないのはお互いに信頼関係がないからだ
なんてことがわかったとしても、改善するには相当大変。
失うのはけっこう簡単だけど築き上げるのは難しいだ。
発注元と発注先、上司と部下、夫婦、親子 etc...

初手でそんな態度にでなければ
そこまで関係性が壊れることもなかったのに
そういう時に邪魔するのは感情というものか。

僕は普段、特に仕事上ではあまり感情的にならないんですが
というかならないようにしてるんですが
もしかして他人に興味がないのか、と思うこともたまに。
でも実際は感情的になって得することが無いから
なるべく合理的に振る舞おうと考えているだけで
逆に本当に近い人に対しては感情的になりやすい。
たぶんかなり短気だと思う。
その差がどこにあるのかは自分でもよくわからないけども。

何の話だか。
あー、もしかしたら
怒っても、感情的になっても大丈夫だろうという
近い人に対する甘えがあるのかもしれないな。 
| 22:55 | communication |
 
Comment
これわかります。うまく言えないですけど、同じ様に感じるときあります
posted by co-hey | 2008.09.10 |
 
言葉の共有
tumblrというサービスがあるんですが
それをやってて面白いなぁと思うときの一つに
「自分の昔に書いた文章にふと出会う」
という体験がある。

tumblrではreblogという機能があって
誰かの書いたもの、あるいは誰かがreblogしたものを
あらためて投稿することができる。
投稿というかコピーというか引用というか。
#日本の場合「引用」の要件を満たすには
 主体となる文章なりが必要だということで
 tumblrのquote機能は引用にあたらないのかもしれないが。

そういった機能によって自分の言葉、文章が
ふわふわと漂っていくような感覚があって
不意にそれに出会ったりすると
あれ、これって自分が書いたやつだっけ
それとも自分がreblogしたやつだっけ
というような感覚におちいる。

ものすごいサンプリング文化というか
誰の言葉か、なんてことも無効化される環境というか。
個人的には言葉の放流に近い感覚がある。
昔でいえばボトルメールみたいな感じもあり
P2Pでファイルが流れていくような感覚でもある。

もちろんそれが問題となる場面もあるけれども
そういう体験を面白いと感じることもまた真実。
tumblrという世界の中だけで閉じていれば
トラブルになることもないんだろうけども。

| 19:01 | communication |
 
 
物事の分解能力
ちょっと更新に間があくとすぐに更新の仕方を忘れてしまいますな…。

会社でコミュニケーションの勉強会というくくりで
ロジカルシンキングの演習をやったりするんですが
その中で「ロジックツリー」「ピラミッドストラクチャー」
という考え方というかフレームワークがあります。
知らない人は適当に調べてみてください。
ということで詳しいことは省略しますが
特に「問題解決」というゴールがある場合に
その問題をどう分解、解読して、問題中の問題にたどりつくか
といったときに使われる手法で
慣れないうちは実際に分解の仕方を書いたりしていきますが
慣れてくると頭の中でできてしまったりします。
そろばんをやってる人がそのうち暗算できるようなものです。

で。
はてブで話題になっていた
こくばん.in - タモリさんとか
こくばん.in - サトシを見ていて思ったのですが
こういう絵についても「分解」の問題なのかなと。
あるいはボブの絵画教室でもよいのですが
僕のような絵が描けない人にとっては
絵を描くというと一発でアウトラインがひかれて
一発で色がずばっと塗られるような完成形しか想像できず
こういったサービスで見ることができる「プロセス」は
想像の範囲外なんじゃないかと思います。
どの程度一般化できるのかわからないですけど
少なくとも僕にとってはそうで
完成に至るまでの道筋がまったく読めないし
マイルストーンも想定できない。
ただただ、すげー、、とプロセスを追うばかりで
完成形にたどり着いたときにはずいぶん遠くにきたような
そんな気がします。

そういう意味ではプロセスが想像できない一般の人に向けて
そのプロセスを見せることができている「黒板.in」というサービスは
とてもいいコミュニケーションを生んでいるなぁと思いますし
プロセスを理解して、想像できるようになれば
ロジカルシンキングについても絵を描くということについても
上達していくんじゃないかなと思いました。

ん、上達するということがプロセスの理解、ということなんだろうか。
どっちだろな。
それを分解して考えてみるか。

| 21:26 | communication |
 
 
インターネットは狭い
A:インターネットってほんと狭い世界だね。
B:いや、狭いのはインターネットじゃなくて僕たちの視野だよ。

A:インターネットってほんと狭い世界だね。
C:うん、何%の人が毎日新聞の英語サイトの話を知ってるかってことだよ。

まあどっちも真理だなと思った。
| 22:12 | communication |
 
 
メタ情報としてのタイトル
言われてみれば至極あたりまえのことだったんですが
ブログ記事のタイトルって記事内容に対するメタ情報ですね。
タイトル考えなくていいからtumblrは楽だとか
twitterとかログピにつぶやきのような一言コメントが増えるのも
タイトルを考える必要がないからだったり
はてなダイアリーに比較的つぶやき的な内容が多いのも
タイトルなしを許容するインターフェイスだったり
ということだったのか。

#はてなダイアリーがMTを使った本館ブログの下書き
 的位置づけになってる人ってけっこういて
 たいていはてダのほうが更新率がかなり高くなる。
 MTを基準としたいわゆるブログとミニブログの間っていう感覚がある。
 よく読んでるところだとARTIFACTさんとか広告βさんとか。

あと、これに関連してよく思うのが
文章を書く前にタイトルって決まってない場合も多いってこと。
文章をわーって書きなぐって、あらためて読み直すと
あー、これについて書いたんだなってこともわりとあるわけで
投稿インターフェイスとして「タイトル」が最初にきているのって
そういう意味では感覚に沿ってない気がする。
ただ、読む側としては「メタ情報」なので
先にタイトルがわかってるほうがいい、こともある。

ブログの投稿フォームでタイトルなしでもOKだったり
タイトルのフォームが本文よりあとにあったりすると
結果として出てくるコンテンツの内容って
違った傾向になってきそうな気がするなぁ。

| 21:52 | communication |
 
 
思いとロジック
先日会社でマーケターとデザイナーで1組になり
アライアンスの企画を提案する社内プレゼン会を
ひっそりと行いました。
全部で4組だったんですが
率直に言ってみんな頭柔らかいなぁと感心。
ただ、やりたいこと、実現したい事の
目的と手段がはっきりしていないケースもあり
「そのアライアンスで何が達成されるのか
 何を解決するためのアライアンスなのか」
といった企画の骨組みがぐにゃぐにゃしてるものも
あったりしました。

これを実現したい、これができたら面白い
こんなことが起こったら気持ちいい
みたいな「思い」と
それを納得させられるだけの「ロジック」
の両方が無いとダメだなと。
「思い」だけでも「ロジック」だけでも人は動かせない。

普段あんまり使わない脳みそを活性化させる意味でも
こういうことは定期的にやって
プレゼンの失敗体験も増やしたい。
そうすることで経験値がアップしていく。
お産合宿寸前にお産に行かないメンバーで
こんなこともやってましたという話でした。

| 23:23 | communication |
 
 
逆発想
2008-07-06 - 本屋のほんね
この本が挙げるブックオフがすばらしい点はこちら。

1. 店にある本すべてが一度は売れた本である(新刊書店にあるのは、「書店が売りつけたい本」であって、そこには顧客目線が入っていない)

これを読んだとき
「あ、その発想は面白いな」
と思いました。

事実関係についてはリンク先ページのコメント欄等で
必ずしも消費者が持ち込んだ商品ばかりでないという話や
買ってみたが面白くないからすぐ売るんだ、という話もあり
猿岩石日記が沢山ある事例をあげるまでもなく
それもそうだと思う訳ですが
それでもなお、上の一文には興味をひかれます。

厳密には「逆」というわけでもないんですが
あえて普通と違う角度から見てみる、
わざと逆から考えてみる、
という方法論は物事を多面的に見るという意味でも
新しい視点を発見するという意味でも
けっこう価値のあることだなと思う。

「面白くないから古本屋に売る」
「手元に置いておく必要がないから売る」
というのは話の筋道として極めて正当なんですが
でもやっぱり「一度は売れた本」である
ということの価値を発見できるのは
なかなか面白い物の見方なんじゃないかと思いますね。


| 22:19 | communication |
 
Comment
後で考えてみたら「逆」じゃないすね。
消費者→ブックオフ
の接点の事を考えると「不要本」てことなんですが
その一つ前の事を考えたら
書店→消費者
の接点では「売れた」ってことだよねという話か。
posted by kengochi | 2008.07.10 |
 
ログピ/twitterとブログ
予想通りというか必然というか、ログピを初めてからブログの更新頻度が明らかに落ち続けている件について。軽くつぶやくだけで、大抵の表現欲求は消化出来ちゃうものなのだなあ。

僕はわりと逆でブログの更新は増えました。
たぶん自分の中で使い分けがあって
プライベートに属する内容はブログで書いていないので
twitter/ログピによってその座を奪われたのは
僕の場合mixiでした。今はもうほぼROM。

ログピに断片をメモっておいて
後から筋道を整理してブログに書く
というやり方もちょこちょこと出てきましたよ。

会話よりもメモツール的な使い方の比重が多いからですかね。
| 19:26 | communication |
 
 
囲い込み
 ネットの業界で仕事をしているわけですが
そんな中でもけっこう辟易している単語のひとつに
「囲い込み」があります。

「囲い込み」が何を指しているかといって
定期的にメールマガジン送ってるだけ
みたいなこともままあるわけなんですが
そんなのでは全然囲えてないわけで
囲い込みというからには離れて行かないように
何かでまわりを覆うようなことが必要。
そもそもそれが発想としてネガティブですよね。
そういうネガティブな発想に至る表現である
っていうところがまずもって嫌い。
ユーザーに不自由をさせることも
「囲い込み」という言葉のつながりからだと
OKになってしまうようなことがある。
ブログサービスでいえばexportをつけると
出て行きやすくなるから実装しない、とか。

自分がユーザーとして、生活者として
囲い込まれたいと思ってるかというと
そんなことは当然ないわけで
その上実際に囲い込めてるのかというと
メルマガ送ってるだけとかSNSをやりますとかで
どれだけ実効性があるのかと。
SNS自体を批判するつもりはないけども
ユーザー、顧客とのタッチポイントを
どれだけ継続的にもっていけるか
そのタッチポイントでどれだけ
好感を持ってもらえるか
最終的にはユーザーからタッチポイントを
求めてもらえるようになる、
というのがあるべき姿なんじゃないかな。

つまり「囲い込み」ていう表現が悪い。
悪い表現の先には悪いアクションが発生する。

とか。思た。
これってブランディングの範疇の話ですかね。

| 13:26 | communication |
 
Comment
120%同感です。
こういう言葉は使うと何かが汚染されるので、言わないようにしています。
posted by 河野 | 2008.06.19 |
 
断言と会話の可能性
わりとめんどうが嫌いなタイプの人間なので
~思います、とか
~かもしれません、とか
そういう断定をさける書き方をよくします。

で、逆に断言口調でいろいろと書いてる人の文章に
つっこみたいところが合ったとしても
やっぱりめんどくさいなぁと思って放置するんですけど
何がめんどくさいのかがさっきわかりました。

僕がやりたいのは間違いの訂正ではなくて
議論というよりは会話であって
でも断言口調で物事をばしばし書く人とは
なんとなく会話が続きそうな気がしないからだな。

つまり断言でやりとりされる議論の応酬に
つきあうエネルギーはないってことだ。
老人か俺は。
| 19:57 | communication |
 
 
コミュニケーション下手と自己肯定感
コミュニケーション下手について - kokokubeta;
コミュニケーション下手というのを思うとき、そういう風に評される人というのはなんていうか、人間あるいはその生き方に対する無意識の信念のところで、たとえば「人は自分のことを好きではない(はずだ)」みたいな刷り込みがあるのではないのかと時折思うことがある。
これにはかなり共感。
ちょうど昨日友達と同じようなことを話していて
上の話プラス「自尊心」についてがその話題だった。

自己肯定感が低く、かつ自尊心の高い人
っていうのは、コミュニケーション下手な状態になりがちで
それがけっこう本人にとって損なんだよねと。
もっと単純におおらかに考えればよいケースがほとんどで
本人が思うほどは嫌われていないし
逆に取り立てて言うほど好かれてもいないケースが大多数、だと思う。
つまりは何にしても気にやむほどの関係性でもない
というのがデフォルトである、と認識できればいい。
嫌われてるんだ、と過度な不安を持つ事も無ければ
好かれてるかも、という過度な期待を持つ事もない。
つまらないことかもしれないけど、それが普通だよねと。
自尊心を別の方向への推進力にできればいいんだよなぁ。
| 16:44 | communication |
 
 
天動説か地動説か
年功序列「再評価」の中で~『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか』 城繁幸著(評:荻野進介):NBonline(日経ビジネス オンライン)
最初から外資系を目指す学生も多い。そのための方法を説く学生向けセミナーは、開催1カ月前から大会場がキャンセル待ちという状態、某外資系の戦略コンサルは20名の定員に2万名の応募があるという。「最近の若者は元気がない」と嘆く人事や経営者は多いが、どっこい事情は違って、その程度の若者にしか相手にされていない可能性が高い、という指摘は面白かった。

自分たちは変わっていない、周りが変わっている。
と思っていたら、自分たちのポジションが変わっていた。
しかも劣化していた、という話ですよね。

こういうことってありがちなんじゃないだろうか。
何かあった時に、自分の問題としてとらえられるかどうか、だと思う。
| 16:12 | communication |
 
 
身体性というか肌感覚というか。
はてブのネガコメが嫌だとか
陰口叩かれてるようで嫌だとか
無断リンクは禁止だ!とか
そういう反応が色んなところであって
モヒカン的発想で言えば、そんなのしょうがない
ブログに何かを書いたりネットで何かを公開することは
講演で演説しているようなもんだ、という話になる。
#比喩の危険性を承知で使っていますが。

こういうのって身体性というか肌感覚と言うか
実感の問題なんだろうなと思う。
リアルで陰口たたく場合には相手のいないところで話していて
それは相手に届く事は無いし、芸能人の好き嫌いの話なんかも
芸能人に届くなんてことはない。

みんなに聞いて欲しければ大声を出すし
聞いてもらいたくなければ小声でヒソヒソ話す。
というようなリアルでの身体性がネットで何にあたるのかが
わからなかったり、コストが高かったりするんだな。
陰口でも批判でもなんでも流通速度がとても早くて流通範囲もとても広い。
そういうことを理解する、慣れるっていうのもリテラシーではあるが
「リアル」「ネット」という別の回路に切り替えずとも
行動の使い分けがとれる仕組みなんてものができると、どうなるんだろうか。


JUGEMテーマ:インターネット

| 16:30 | communication |
 
 
観察
 観察というと若干誤解を生むところもあるんですが
対人関係を円滑に進めるうえで観察はとても重要なファクターです。
対話することが必要な場面ももちろんありますが
表面的な言葉ではない部分を探る必要があったり
相手が表現できていない部分を見つける必要があったり。
あるいは言葉を交わすことなく、相手を見る(看る・診る・視る)ことの大切さ。

医者と患者を想像すればわかりやすいかもしれません。
患者は病気についてはプロではありませんし
自分が痛い、気持ち悪い、といったことしかわかりませんが
医者はそれをうまく聞き出し、原因を探るでしょうし
言外のニュアンスをくみ取って判断することもあるでしょう。

ああしてほしい、こうしてほしい、という言葉を
そのまま受け取って対応することがよい場合もあるでしょうが
常に、本質的なニーズは違うところにあるのかもしれないと
考えてみるのも大事なことだろうと思います。
あえて相手の言葉を遮断することが
ベストな選択の場合もありますしね。

コミュニケーションとは言葉だけではないなと
最近いろいろ思うことがあったので。
| 15:08 | communication |
 
 
お金を払っても書き込みたい情報
有料ネット - kokokubeta;
お金を払ってまで書き込みたい情報がなんなのか、ということでいうと結構おもしろいかもしれない。

それって通常は広告宣伝の類いになるだろうから
むしろ広告宣伝に限ってもいいと思うんだけども
そうすると、そういう言葉ばかりが集まる場所を
「見たい」「読みたい」と人が感じてくれるように
設計するのはよけいに難しいかな。

広告宣伝以外でお金を払ってまで書きたい情報ってなんだろな。
場所にプレミアムがあればなんでも成立しそうな気はするけど
それをいったん置いておいたとして、、、
んー。
あ、最近アメーバでリリースの出ていた
有名人に質問するのにポイントがいる
っていうのってこれに近い。
無料で届けられない相手に届けるためにはお金が必要。
それが有名人。ていうのは一つの解答だな。
ふむふむ。
| 22:18 | communication |
 
 
情報のinとout
過去記事を引っ張りだすシリーズ。

---
■ SNSとコミュニティ
■ 2005.09.28
■ 社内SNS

(前略)
あともう一つわかった。
ブログとmixiの違い。
mixiだと毎日何か書かなくても成立する。
ブログは何も書かないと成立しない。
そりゃmixiの方がアクティブな人増えるよね。
何も書かなくても成立するサービスになればいいわけだ。
---

わかったとか書いてる内容は別にわざわざ再掲するほど
たいした話ではないんだけど、情報のinとoutがあったとして
inもoutも同じインターフェイスの中で完結しているサービスをmixi
output用のサービスをブログだとすれば
今だとさしずめSBMとtumblrの違いに置き換えられそう。
いろんなブログやニュースを見て回ってブックマークするよりも
tumblrのdashboardを見てreblogして、というほうが無駄が無い。
それもautopagerizeやLDRizeといったFirefox addonで
武装された環境でのtumblrの差といったら。

またそれとは別に携帯環境でのSBMのあり方を考えると
そもそも読む対象のページが携帯最適化されているとされていないで
読みやすさが格段に違うし、同じフォーマットでそろえてある
mixiやモバゲーの中をうろうろするほうがストレスは少ない。

やはり一定のフォーマットの中でストレス無く
しかもin/outが完結しているサービス、というのが
利用率の高さを生み出すのだろうなと改めて思った。
そのために工夫できることっていうのもいくつかあるなぁ。


JUGEMテーマ:インターネット


| 02:03 | communication |
 
 
言葉はインターフェイスである
いくら正論であろうと
いくら内容が客観的に正しかろうと
話をし、話を聞く二者間において
「お前がいうな」と思われてしまえば
たちまち内容はゼロかマイナスになってしまう。

という現象はよくおこりがちなんですが
やっぱり言葉なんてものは
それそのものに意味があるというよりも
誰かと誰かの間のコミュニケーションインターフェイスなんだ
と思うことが時々ある。

そういう意味で「引用」されて使われる言葉も
切り取られた時点で元の文脈からは切り離されるし
逆に切り離されたことで得られる別の意味
なんてものも場面場面で発生するんだろうな。
| 00:32 | communication |
 
 
マーケティング
ここ1年から半年ぐらい
マーケティングとブランドに関わる本を
けっこう読みあさってるんですが
いろいろ読めば読むほど面白い。
新しいことを知る面白さというよりは
それまでぼんやり感じていたことに
概念やフレームワークが与えられることによって
形がはっきり見えてくる事の快感というか
「あー、これってこういうことだったんだ」
という腑に落ちる感覚がたくさんある。

しかもそれはどれも多面的な事柄であって
ある種の概念で「わかった」と思ったことが
別の概念の別の見え方に納得する事もある。
こういうことがあるから勉強するのは楽しい。

特にセリングとマーケティングの概念については
いろいろ思うところがあったので今後も深堀していこう。
| 13:01 | communication |
 
 
Something is technically wrong. / twitter
twitter
Something is technically wrong.
Thanks for noticing―we're going to fix it up and have things back to normal soon.


Twitterにアクセスしたら上のような画面と
上のような文章が出てきた。
ずいぶんかわいいエラー画面。
最近こういうのはやってるよね。
はてなもシナモン出してるけど。

でも場合によってはなんじゃこら!って
余計腹立ったりする人もいるだろうから
使い場所は選ぶ、ってこともある。
| 12:58 | communication |
 
 
POOKMARK Airlinesのモバイル版
pookmark

POOKMARK Airlines - お知らせ
このたび、POOKMARK Airlinesのモバイル版をリリースいたしました。


個人的にかなり待ち望んでいた機能がリリースされました。
SBM(ソーシャルブックマーク)としては
POOKMARKを常用している私ですが
これまではいまいち「あとで行く」を有効活用できなかったのです。
でも携帯版がリリースされたことで
「仕事中や昼休みに読むには長い」
「ちょっと文字量が多くてめんどくさい」
というようなサイトを「あとで行く」に登録。
帰りの電車やバスの中、待ち合わせの暇な時間
子供をあやしながら片手で、等々のタイミングで
読む事ができるようになったのです。
テスト中からかなり使い込んでいたのですが
これがなんとまぁとても便利。

新しい発見としては
携帯って案外「長文を読むデバイス」としても
すぐれてるんじゃないかっていうことです。
むしろPC版のウェブで、長文を読む事に最適化
されていないデザイン/レイアウトが多いことの
裏返しでもあるのですが、携帯の狭い画面が
左右の視線移動を少なくすませてくれます。
長文のサイトはわざと「あとで行く」に登録して
携帯で読む事もちょこちょこ増えてきました。

いやぁ、便利だ。
今日も帰りにいくつか読もう。

| 19:05 | communication |
 
Comment
私が言ってたことちょっと拝借してますよね!
posted by collageroom | 2008.01.27 |
POOKMARKユーザとしては、非常にうれしいです!
携帯で、英語のブログを読むのは、PCより楽な気がします。長い文章とかも、結構読みやすいかなって僕も思います。
posted by アヨハタ | 2008.01.24 |
 
自分にインスパイアされること
同じような事も何度でも書く事にする。

Parallelminds | 「聞いてほしい独り言」を許容するデザイン
過去のメモ、ノートやブログ、社内SNSに自分が書いた事をたまにざーっと見返して見るととても面白い。過去の自分と今の自分は他人だなというか全く忘れてる内容もあれば、こんなことに気づいてたんだという内容もある。


過去に自分が書いたことを読み返して
新しい発見をすることがある。
以前は上の引用のように書いたのだけど
それだけで全部を言い表せていない気がしてきた。

過去の自分と今の自分が他人であるということは
時間的な距離が問題なのではなくて
アウトプットされたものは自分の頭の中にあったものと
必ずしもイコールではないというか、それは外に出た時点で既に
何か別のものになっているということが
即時的に発生しているのではないか。

文字情報になった瞬間に別物。

だから書き終わった瞬間に読み返しても
自分でなにかに気づく事がある。
僕の場合誰かとメッセやチャットをしているときに
そういったことが顕著に現れる気がする。
反射神経的な会話を文字でしていて
それを即座に読み返して何かに気づく事がある。
これは音声の会話ではなかなか難しい。
会話の場合は流れて行ってしまうし
再度インプットするチャンスも手段も少ない。

そういう意味でも文字にするということは意義深い。
ブログは自分のために書けばいいんだろう。
過去の蓄積は蓄積に意味があるというよりは
シャッフルして再利用して、自分にインスパイアされる
というのが一番いい気がするな。
| 23:23 | communication |
 
Comment
>それは外に出た時点で既に何か別のものになっている

外に出して誰かがリアクションしはじめた瞬間からどんどん別物になっていく様が楽しくてしょうがないよね。

おー育ってるなー、みたいな
posted by daiskip | 2008.01.23 |
 
「聞いてほしい独り言」を許容するデザイン
過去のメモ、ノートやブログ、社内SNSに自分が書いた事を
たまにざーっと見返して見るととても面白い。
過去の自分と今の自分は他人だなというか
全く忘れてる内容もあれば、
こんなことに気づいてたんだという内容もある。

ということで過去の文章をたまに引っぱりだして
色々考えてみるというのをやってみようと思う。

---
■「聞いてほしい独り言」を許容するデザイン
■ 2005.07.10
■ 社内SNS

ナレッジマネジメントがなぜうまくいかないか
MLで情報共有、というのがなぜ義務レベルにとどまるか
掲示板はコメントがつかないと寂れてる感が出てしまうが
ブログや日記は何故そうでもないか。
この辺の原因はだいたい同じところにあるんじゃないかな。

聞いてほしいんだけど、全員宛MLには投げづらい、とか
なんとなく思いついたんだけど、ま、思いつきレベルだし…とか
そういうことを吸い上げることでナレッジマネジメントは
最大の効果を得られるんだと思う。
報告、議事録といった部分も当然義務レイヤーとしては
必要なことだけれど、クリエイティビティとか
今までにないこと、という意味で言えば義務からは出てこない。

相手にされなくても、コメントつかなくても寂しくない
というインターフェイスってけっこう重要。
これってデザインの領域の問題だと思う。
独り言だから、という言い訳が使えることで
どれだけ気楽に物が言えるか、という部分は大きいような気がする。
たぶんナレッジマネジメントで一番重要なところは
こういった「聞いてほしい独り言」として埋もれてしまうような
ところにこそあるんじゃないかな。


掲示板に独り言、は難しい。
構造からして「コミュニケーション用」になってしまっているから
自分の発言の後に何のレスもつかなければちょっと寂しい。
#2ch系はスレッドをたくさんつくれることで1つのスレッドでの
 寂れ問題をある程度緩和できてると思う。

コミュニケーションツールを考えるときに、
「コミュニケーションが途切れた時」にも苦しくない
というデザインを考えておくっていうのはかなり重要かも。


ということで社内のグループウェアにも遊びは必要。
遊びがあることで、気楽な情報発信が増えるなら
多少の遊びには目をつぶれるんじゃないかな。
サイボウズの掲示板はやっぱ、デザインがだめだ。
元々「ちゃんとした話」をする場所のデザインだから。

---

ふーむ。
twitterってまさにこの辺を実現しているデザインな気がするな。
基本言いっぱなしでよくて、誰かの発言に絡むのも自由。
放っておくのも自由。好きな時だけレスすればいい。
という気楽さから表に出てくる言葉っていうのは
やはり沢山あるんじゃないだろうか。
もっと圧力の強いチャットツールとして使っていたり
そういうツールとして受けとっている人ももちろん
いるんだろうけど。
| 11:30 | communication |
 
Comment
kengochi節が効いてますね(何が
posted by umazura | 2008.01.22 |