Category: cognition
 
アイソレーションタンクに入ってきた

Facebookで2日連続別々の知人が行ったというので
これは行かねばならんという謎の使命感で行ってきました。

場所は白金高輪駅から徒歩2,3分の住宅街の中。
アイソレーションタンク(フローティングタンク)サロン|東京白金フロートセンター
フロートセンター入り口
入り口はめっちゃ普通だけど
Float Centerって書いてあるのでインターホンを押して入室。

いろいろと説明を受けた後にシャワーを浴びて
フロートタンクの中へ。
あひるちゃん
#これはバスルームの中にいたあひるちゃん。

フロートタンクには自分で入って
自分で蓋をしめることになります。
蓋を閉めると真っ暗。完全な闇です。
個人的にはダイアログインザダークを思い出しました。
ちなみに蓋をあけたまま体験することもできます。
その場合は部屋の天井にあるプラネタリウム投影が
目に入る事になると思います。

液体はだいたい体温ぐらいでちょっとぬるっとしてるけど
手のひらで触ってるとちょっとキシキシするような感覚。

真っ暗な中で仰向けに浮かぶ体勢をつくりますが
事前に説明を受けた通り「首の筋肉」の力を抜くのがけっこう難しい。
美容院でシャンプーしてもらうときもなかなか首の力を抜くのが下手なので
個人差はかなりあるようですが僕はちょっと手こずりました。

まあそれにもじきに慣れて、浮かんでいる状態を楽しめるようになります。
するとなんだかずっと「頭の方は右へ、足の方は左へ」おへその辺りを
中心にしてゆっくり回転するような感覚におそわれました。
側面にぶつからないので実際は動いていないか、微動レベルなんだと思います。
大げさに認知しているか誤認知しているか。
これはこれでなんか不思議な感覚でした。

鼻づまりのせいか、呼吸の音が大きく聞こえて
心臓の鼓動だとかはあんまり認識できなかったですが
真っ暗闇の中で、ほとんど自分の体の重量を感じる事無く
じーっとしていると頭だけが明晰に働く状態になりますね。
瞑想状態に入ったり、何か超自然的なものを見る人もいるようですが
僕は残念ながら日常の延長線上の由無し言を1人でやってるような感じ。
雑念だらけでございました。

最近急に自由時間が増えて、一人旅などもして
自分と向き合うみたいなことをよくやっているタイミングだったので
そういう意味の時間としてはレア感薄かったんですが
日常的にものすごく忙しくしている人にはいい時間なんじゃないかな。

最後には液体の循環装置がタイマーで起動するため
寝ていたとしても気がつくと思います。
それで時間終了。

またゆっくりタンクの中で体勢をつくります。
とにかくよく滑るのと真っ暗なので気をつけつつ
ターミネーター2のポーズやないかとか思いながら
起き上がって蓋を明ける。
そのままゆっくり移動して、シャワーを浴びて終わり、となります。

終わってから、前述の友達とメッセで少し雑談。
彼も僕と同じタイミングで会社をやめて今フリーなので

暇になってからやと、恩恵すくない。
とは言え、めっさ忙しいときは、こういうものにアンテナすら立たない。

と言っておりました。
普段めっちゃ忙しい人は2時間ぐらいなんとか作って
一回体験してみると面白いんじゃないかと思います。

瞑想だとか雑念を捨てるだとか神秘体験だとか
そういう話ではなくても役に立つ時間になる、気がします。

また忙しくなったら行ってみよう。
 
| 17:04 | cognition |
 
 
手触り感のある記憶
フリーズする脳―思考が止まる、言葉に詰まる - 情報考学 Passion For The Future
「それが良いことなのか悪いことなのかはともかくとして、私たちはインターネットをあまりにも便利に使うことによって、日常生活の中で、知識を得るまでのプロセスに多様性や複雑さをなくし、思い出す手がかりのない記憶をどんどん増やしてしまっているようなところがないでしょうか。そのために「知っているけど思い出せない」ということが増えた。」
ものすごく共感できる。
だから僕はあんまりiTunesで曲を買わないんですよね。
わりとHMVとかタワレコとかで買います。
本はamazonメインなんだけど
CDはリアル店舗メイン。amazonではほとんど買わない。

メインPCのiTunesは10,000曲/70Gぐらい入っていて
#ちなみに会社のは7000曲/40Gぐらいで同期はとれてない

それでも手持ちのCDを全部リッピングしてるわけじゃないんですが
昔から何度もCDのジャケットを見ながら聴いていた曲と
借りてきたCDの曲とか、iTunesで買った曲には
関連づけられる記憶が少なくて、やっぱダメなんですよね。
覚えづらい。曲名も。アルバム名も。
誰のリミックスか、なんてのは壊滅的。
周辺の記憶がリッチなほうがいいよ、やっぱり。

受験勉強のときを思い出しても
参考書の右の上のページの方にあった
アルファベット5文字位だったんだよなぁ
みたいな、そのものズバリじゃない記憶って
あったりしますよね。

そういう意味ではライナーノーツを読んだり
歌詞をおいかけたり、雑誌でインタビューを読んだり
誰かのレビューを読みながら聴いたり
レビューを書くために聴き直したり
ライブやクラブで体感したり
そういう行為全部がリッチな状態の記憶を作るんだろうな。

| 22:30 | cognition |
 
 
Test Your Awareness: Do The Test

これはおもしろいなぁ。
でも1度見てしまったら、2度と同じ状態では見られない。

人間の認知って面白いもんだなぁと思う。
| 23:04 | cognition |
 
Comment
すげー!!
posted by neo | 2008.04.24 |
 
思考の言語化・対象化
 頭のなかにあるぼんやりとした考え、アイデアも
言語化して頭の外に出さないと定着しない。
すぐに忘れてしまうし、思い出したものが同じとも限らない。
ただ、言語化して頭の外に出した時点で
それはやはり頭の中にあったものと別物になる。
外に出したものを目で見て、耳で聞いて
それがようやく自分の考えと言えるんじゃないかと最近思う。

そしてそれを明日以降の自分が見たときに
新しい発見があったりもするし
こういうやりかたも一人会議だなと思う。
時間軸はだいぶと幅をとりますが。


同じようなことをいろんなところに
何度も書いているような気もするけど
思ったことを書く場所としてこのブログを使っているので
それはそれでOKということにしておく。

| 13:07 | cognition |
 
 
直感的に理解し、論理的に表現する
だからあなたは人格が破綻してるのね (smashmedia)
「直感的に理解し、論理的に表現する」ってのは当たってるのかなあ。

【東京ブック】 右脳型、左脳型? | IDEA*IDEAの診断。
僕もやってみたところ同じく指が左で腕は右。
まあ血液型診断と同様に右脳左脳の話も
個人的にはまゆつばだと思ってるんですけど
おもしろそうだと乗ってしまう。

それはさておき先日ある友人から
「kengochiさんは論理的だと人から言われるけど、実は直感派でしょ」
と言われ、ああ、よく見てるなぁと思って感心したことがあった。
特に社内だと直感派の人が多いということもあり
空気の読める僕としてはまとめ役にならざるを得ないのだった。

というのは半分冗談としても、ブログを始める随分前から
某劇団のファンサイトなどをやっていたんですが
芝居を見てきて「面白い!」と思う事や「今回のはつまらない」
と思ってしまうことの正体を知りたいという欲求が常にあり
それを自分で整理して見つけるために感想やレビューを書いていた
ということがありました。
それは演劇に限らず、音楽でも映画でもお笑いでもそうで
まず「!」となる瞬間があり、その正体を知りたくなる。
正体を知る事で、同じ要素をもつものに出会える、と考えてました。
実際は必ずしもそうとは限らないんですが。

なんとなく見えてきた1パターンとしては
演劇でも音楽でも絵画でも映画でも「目眩の感覚」というか
感覚の位相をずらされるようなものは特に好きだということ。
演劇だと舞台装置に頼らずに極限までこちらの想像力を使わせるものや
時間や空間があちこちに移動してバッファオーバーフローするような感覚とか
絵画でもエッシャーやマグリットのような超現実ぽいやつとか
音楽でも変拍子が多用されていて頭で同期しようとする感覚が追いつけなくなるとか
逆にミニマルなパターンでリズムの海の中に沈んで感覚が麻痺するようなのとか…
そういうこれも直感的に理解して論理的に表現する、の一例か。
なんか長くなってきたな、続きはまた今度にしよう。
| 12:04 | cognition |
 
Comment
自分・・・すごく直感的に理解して直観的に表現する傾向でした・・・。

自分ではなんとなく分かっていたものの・・・。
posted by nakamura | 2008.03.07 |
おお。
説明しきっちゃうわけですね。
僕もでまかせの場合はわりとありますというか
しゃべりながら考えて、その場で気づく
みたいなこともよくあります。
posted by kengochi | 2008.03.06 |
ぼくも同じようなことを言われたことがあります。
後付けなのに(さも熟考したかのように)論理的に説明しきれちゃうのが特長でしょうか。
posted by 河野 | 2008.03.06 |
 
ランキングのパーソナライズ
沢山の人が「いい」「おもしろい」と評価した結果
ランキングの上位にくるようなものが
自分にとっては面白くない、みたいなことは
例えば「J-POP嫌いの人」にはよくわかる感覚かと思いますが
これってなかなか興味深い現象だなと。

おもしろい、おもしろくない
興味がある、興味が無い
いいと思う、いいと思わない
という自分の判断の中に
「希少性」という要素がいくらか含まれていて
あまりにもありふれたものになると「陳腐化」して
評価自体も悪くなる。

先日なんだったかの番組で
一発屋芸人に学ぶ、みたいなコーナーがあり
元猿岩石の有吉、波田陽区、ダンディ坂野、つぶやきシローが出ていて
「ギャグをやって拍手されるようになったら終わり」
みたいな事を言ってたのがとても印象深かった。
「あー、これこれ」みたいな形になってしまうと
それはもうピークから下降線に入ってしまったことを示していると。
とはいえ陳腐化する手前でやめる、というのは難しい舵取りですよね。

もう飽きた、つまらなくなった、という本当に個人の中で完結した評価なのか
テレビ出過ぎだからもういいや、とか
今時あれをイイっていうのは恥ずかしい、みたいな社会性の中での評価なのか
つきつめるとどっちなんだろ。区別できないもんだろか。

みうらじゅんが「マイブーム」と言ったのは随分前ですが
ブームもひとそれぞれなように、ランキングもひとそれぞれ。
とはいえ自分の観測範囲内だけでは世界に広がりがないので
外部の情報も取り入れたい、、みたいなことで
ランキングもパーソナライズされていくんだろうなぁ。
| 12:12 | cognition |
 
 
量の変化が質の変化につながる
去年は3ヶ月ずつ毎日、讀賣、朝日
の各紙をとってたのですが
今年に入ってからはどこも継続していないので
郵便受けも静かな正月を迎えました。
でもあれですね。チラシはやっぱ欲しい。
チラシだけ入れてくれるサービスって無いのかな。

大晦日の朝日新聞に茂木健一郎の記事が出ていて
その中で印象に残った言葉があったので
メモっておきます。
「人間の脳っておもしろくて、『ボールを投げたら落ちる』
 とは予想できるんですが、変化を積み上げていって、
 量の変化が質の変化につながるようなものを
 予測するのが苦手なんです。」
脳の作用によるものかどうかはさておき
量の変化が質の変化につながるようなものを
予測するのが苦手というのは、スコープの違い
ということもあるんじゃないかと思う。
以前に
web2.0高速道路論
という文章を書いたことがあるんですが
これもミクロとマクロの視点の違いの話で
それらを同時にあるいは並列的に考えること
っていうのはなかなか難しいものだろうと思います。
そもそもの問題として自分の立ち居地や
自分が物事を見るポイントがどこにあるか
ということに自覚的なケースが少ないんじゃないだろうか。
逆に言えば、自分が何かを感じたり考えたりするときに
どういう立ち居地での見方、考え方なのか
ということに自覚的であれば、ポイントを変えて
物事を見たり考えたりすることもできるし
量の変化が質の変化につながることを予測することも
可能になるのかもしれない。

「量の変化が質の変化に転化すること」
というのは重要なポイントなので覚えておこう。
| 21:54 | cognition |
 
Comment
ちらしサイトというものがありますけど、
勝手に郵便受けに入ってるところがいいんでしょうね。
http://www.shufoo.net/
posted by 牧歌 | 2008.01.07 |
 
共有の概念
先日LUNARRの高須賀社長とお会いして
お話を聞く機会があったのですが
その中で最も興味深かったのは「共有」の概念について。
高須賀社長はアメリカで会社を立ち上げられて
いろんな人たちと話をする中でその概念の違いに
気がついたということをお話されていました。

share
━━ n. 分け前; 割当て, 分担; 役割 ((in)); 株(式); 市場占有率, シェア.

「シェア」と言う場合に
アメリカでは「分割」であり
日本では「君のものでもあり僕のものでもある」
という状態が多いのではないかと。
例えばピザをシェアしましょうという場合に
アメリカでは何分割かして明確に取り分けるところを
日本では何分割かするものの、取り分けないで
そのまま置いておき、そしてどちらがとっても
よいですよ、という状態にしておくために
最後のひとつは誰が食べますか問題が発生する。

アメリカの話についてはわからないものの
日本の例については確かに。

そして「共有」という場合に
shareとcommonがあると。

com・mon
━━ a. 共通の, 共有の ((to)); 【数】共通の; 公衆の; 一般の, 普通の; 平凡[通俗]な; 安物の; 下品な (~ manners 無作法).

shareと対の概念としてcommonを捉えていいのかは
わからないのですが、そもそもshareの概念が
アメリカと差があるところにcommonを考えると
いろいろずれてくるのかもしれない。

publicとprivateと考えれば
shareはprivate化することであり
commonはpublic化すること、かな。
だとすると日本でいうshareはprivateというより
publicの意味合いも含んでる気がする。

でもなぁ、shareといっても
物理的な分割の概念と
データコピーの概念を
同じものとして捉えるのも無理がある気がするし。
shareとcommon、privateとpublic。
もう少しこのあたり考えてみることにする。
| 02:56 | cognition |