2014年05月
 
アクト・オブ・キリング

元々は被害者を取材対象としてドキュメンタリーを作る予定だったのが
軍等の妨害でストップせざるをえなくなり、被害者から「加害者を取材してほしい」
という意見をもらうことによってはじまった、加害者への虐殺の再演依頼。
インドネシアの現政治体制に対する批判でもあるため
この映画の監督はその後インドネシアに入るのは危険な状態。
というような現在を描いた作品でもある。

 
主人公のアンワルは虐殺を実行した民間人グループのリーダー。
1000人以上を殺害したと語る。今も地元のギャング。
彼とその弟分、過去に同じグループに属した人物
共産主義者虐殺に対する情報と場所を提供した新聞社社長
パンチャシラ青年団という民兵組織、副大統領(当時)等々。
体制側の人物たちが虐殺を再演していく姿を追う。

普通の人間がいかに暴走してしまうか、という観点でいえば
看守と囚人の実験での事件を描いた「エス」という映画が印象的だったが
この映画の怖さはそこにとどまらない。
エスと同じような「役割」を与えられることによる人間の暴走という怖さと
その暴走(虐殺)が現在も体制側、権力側としてそのまま温存されている違和感と
個人差はあるもののいまだ権力側にある虐殺の当事者たちの悪びれなさ。

普通の人間の暴走という点では、映画前半で繰り返される虐殺の再演の場面、
彼らが人を殺す方法を考えるときに映画を参考にした、という軽さにもあるし
段々と躊躇無く効率すら追求されていったという話の空恐ろしさにもある。
またその事実を嬉々として再現してみせる彼らの姿を
どういう立ち位置で見ればいいのか最後の方まで軸が定まらなかった。

しかしこの映画の表現する恐ろしさはその後にある。
こうした過去の虐殺に加担した人物がその後どうなるかと
単純に思い浮かべるストーリーとしては
虐殺を再演することによって自分たちの起こしたことの酷さに気づき
反省し、贖罪を願う。ということになるんだろうと思うが
それがなかなかそこまでたどり着かない。

おそらく虐殺時の価値観が継続する形で結成されている300人を超える規模の自警団がいたり
殺された側の遺族と殺した側のいずれも民間人が狭い町中に隣同士に住んでいること
正義のためにやった、国のために共産主義者を抹殺した、良いことだ、英雄だ
という価値観がそのまま蔓延している世界の中で生きていれば
虐殺を顧みる、ということ自体が行われていないだろう。
この映画監督にカメラを向けられたときにも、糾弾されるなどとは露程も思わず
英雄として賞賛されるのだろう、ぐらいの意識な訳で
第三者として映画を見る我々とはスタート地点が違いすぎる。


善悪の判断が殺人をしたかどうか、というところにはもちろん無い。
勝った方が正義というのがどういう状態か
勝った方、負けた方(巻き込まれて虐殺された人の遺族たち)が
同じ町でそのまま暮らしているというところにその異常性が現れていて
まずその状況を想像し、受け入れるのに時間がかかった。
アンワルの隣に住む男性が義父が殺された場面の話を
アンワルたちに笑顔まじりでしていた場面。
いったいどういう心境だったのだろうか。
加害者たちに対する被害者遺族の告白ではあるものの
責めるような意図が入らないように、気をつかったようにも見えた。
殺される恐怖と無縁ではなかったのではないだろうか。
正義の側にあった人々の行い(虐殺)は反省する機会も
謝罪する機会も要求されていない。


自慢気に虐殺の再演をするなかで
あれ、これはちょっと残忍すぎる?とか時々我に返る瞬間があるように見えたが
罪の意識というよりは、自分たちの見え方が悪くなりすぎることへの懸念というだけで
いわゆる反省とか贖罪というものにはやはり至らない。
そういう場面がいくつも続く。

彼らが自主的に虐殺再演映画を作っていく中
どんどんと自分たちのアイデアを出していき
再現シーンだけではなく、抽象的な場面も撮影されていった。
滝の前でアンワルが被害者からメダルをかけてもらうシーンがある。
処刑してくれてありがとう。というようなセリフだった。

終盤アンワルが自分の演じた拷問被害者の映像を、孫2人を呼んで一緒に見ようとする。
監督が残酷すぎますよ?と言っても聞かず呼び寄せる。
「ほら。じいちゃん出てるよ」
「じいちゃん映画俳優みたいだろ」
ここまで来てまだその軽さなのか。
しかし、自分が演じてみて、それを映像として再度見る経験を経てはじめて
被害者の気持ちがわかる、、とぽつりとつぶやいた。
孫2人はいつの間にかいなくなっている。
監督が、一緒ではないし、実際の被害者は殺されることがわかっていた、あなたは演じただけだ
と指摘するのだが、主人公のアンワルは自省モードに入っていく。
そして映画冒頭で出てきた虐殺の現場にわざわざおもむき、嘔吐するのだ。

本当の意味で共感することなど今から可能なのかどうか。
謝罪や贖罪を願うようなことはあるのだろうか。
最後にほんの少しそのきっかけは見えたのだが。
政治体制が変わらなければそのままかもしれない。

重い映画だった。
| 23:55 | entertainment |
 
 
リバ邸に行ってみた

先日5月16日金曜日に六本木のリバ邸に行ってきました。
これまた少し前の話になりますがawabarで一日店長を
したときに塚原君という人から、一度来てみて下さい
というお誘いを受けたのがきっかけです。

 
リバ邸がどういうところかというのは
リバ邸 -現代の駆け込み寺
こちらを見ていただくのがよいと思いますが
家入さんや高木新平さんたちがはじめたシェアハウスで
今や六本木だけでなくて、渋谷や京都や大阪、仙台等々
地方にも増えていってるんですね。
僕がお邪魔した日も見学の人が来ていました。

家入さんがリバ邸をやりはじめたころは
ちょうどいろいろあって距離とってた時期なので(笑
ネットで見るぐらいの情報しか知らなくて
まあつまりほとんど何も知らなかったんですけど
幸いにも声かけてもらったので行ってきました。

普段住んでる人は10人ちょいぐらいらしいですが
昨日はイベント的な感じで告知をしていたみたいで
20人以上はいましたね。その中でも数人の人とは
そこそこ時間を取って話すことができました。
案外近いとこで仕事をしている人もいれば
15年前ぐらいの自分に近いような人とか
先生とかタレントさんとか。
あー、ほんと世の中はいろんな人がいるもんだ
というアホみたいな感想と、また会いましょうという
いくつかの約束をお土産にもって帰ってきました。

そういえばお土産持って行くの忘れたので
次回は何か持って行きますね。
 
| 14:32 | life |
 
 
そういえばさ~

(先日たまたま見かけた犬)

前職を離れてからそろそろ2ヶ月になろうとしている。
(まじか。もう2ヶ月か。)
転職活動と平行する形で、精力的にというか
もはや何かに取り憑かれたかのレベルで色んな人に会っている。
会って話をしたい人がこんなに沢山いるのは幸せなことだが
言いたいことはそこではない。
 
本題は人と会って話すことが如何に面白いか。
ということ。

生きた情報はインターネットの中になどなく
オフラインにこそあるのだ!
みたいなことが言いたいわけでもない。
おそらくわりとインターネット上にもある。
ただ、デリバリーされてこない。

こういうことが知りたい、とわかっている情報は
おそらく探すことができる。
でも自分が興味をもつ対象(のはず)だが、まだ知らないこと
つまり潜在的な情報ニーズに答えることはなかなか難しい。

そういう意味で会話のインタラクティブ性っていうのは
相当高度な情報交換だなと。
自分が最近興味を持っていることを話すと
「そういえばさ~」といって
少し違った話に広がる。
表面上全然違う話に脱線していくように見えて
実は同じようなことが違う現象として表出している
という例示であって、話としては脱線していない
みたいなことがよくある。
自分が知らなかった面白い話を知ることもあるし
意外な共通点を見つけることもある。
「質問力」ということでもあるし
言葉を発することによる自分自身の気づきのようなものも含めて
会話の価値は本当に高い。

例えば昨日はえふしんさん、安藤さんという旧知のお2人と
ご紹介いただいた天野さんを加えた4人で
ジンギスカンを食べながらいろんな話をした。
名刺のスポンサーって何だよっていう話もあり
僕の話以外にもえふしんさんや安藤さんの今後の動きや
プロレス、家入さん、チボマット、マンション購入、結婚、離婚、等々
多岐に渡る話題に散らかりつつもかなりの刺激をもらった一日だった。
安藤さんの口からBiSの話が出てくるとは思わなかったが
よく考えたらハードコアの人だからそらそうか。

話を戻すと
「そういえばさ~」の能力が高い人と話すのはとても面白い。

ひとつ個人的にわかっている問題としては
ついついアイドルの話で何かを説明しようとしてしまうことだ。
これちょっと最近やり過ぎなので減らす(笑
| 19:04 | life |
 
Comment
>ついついアイドルの話で何かを説明しようとしてしまう

わたしもついつい男女の恋愛に例えて、ゲスい方向に持っていってしまいます。悪い癖です。
posted by てろ | 2014.05.16 |
 
個人名刺のスポンサードについてのお知らせ
名刺裏
吉田健吾( 個人ブログ:Parallelminds http://blog.parallelminds.jp/ ) は
個人名刺の裏面にロゴを掲載する権利を
GMOVenturePartners ( http://www.gmo-vp.com/ )に
購入いただいたことをご報告いたします。

株式会社paperboy&co.(現社名GMOペパボ株式会社)の取締役を
2014年3月に退任以降個人的な活動を続けておりますが
その中で必要となる名刺をGMOVenturePartnersにスポンサードしていただきます。

所属や肩書きという形ではなく
自由な研究時間、フリーな活動時間に対するスポンサードとして
個人の名刺にロゴを掲載する、という取り組みになっております。

引き続き転職活動は続けてまいりますのでよろしくお願いいたします。


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先日来GMOVenturePartnersの村松さんと何度かお話する中で
何かやりましょうと盛り上がり上記のような取り組みをすることになりました。
何かあればアドバイス等お手伝いする、ということと
週1回ペースでベンチャー周りの話を肴に情報交換という名の
雑談をする機会を持ちましょう、ということになっております。
先日村松さんがやっておられたPalletGuyにならって
道玄坂周辺のGMO Pallet導入店でダベる予定です。
#GMO Palletについてはこちらの記事をご参照ください。
 カードを出さずにスマホで決済、「GMO Pallet」は好感度が上がるかもしれない会計方法 | TechCrunch Japan


こんな酔狂なことをやってくださって大変ありがたいです。
いつまで無職で飲み歩いてるんだという声が
主に家族方面から出てきておりますが
これで少しはましになることを期待します。


退任直後ぐらいに、何をやりたいの?というような話を
してくださった方々には
「あんまり何っていうのはなくて、インターネットに関するところで
がーんと伸びて行きそうなところなら何でもいいんじゃないかな」
というようなことを言っていたと思うのですが
最近だんだん考え方が変わってきておりまして
やっぱり燃えられる分野とそうでない分野はありますね。
これはやはり色んな方々とお話する機会をいただくなかで
自分の中の軸がはっきりしてきたということだと思っています。
もう一つのポイントとしては「誰とやるか」というところで
これはもうほんとに出会いの問題でしかなく
タイミングも大きなファクターになってくるので
特に焦らず考えようかなと思っています。

前々職のOTDから通算して13年ほどwebのサービスを生業とする会社で
制作から経営の方に移動しながらも仕事を続けてくると
視野が固定されてきていたなというのをこの2ヶ月ぐらいで痛感していて
人と会うこと話すことと同時に
比較的スコープの広いテーマの本を読むようにしています。
 
東洋経済新報社
発売日 : 2014-01-10

かなり面白い本でした。
内容についてはこちらの書評を読んでいただくとよいと思います(手抜き)
1539夜『ビッグの終焉』ニコ・メレ|松岡正剛の千夜千冊  
 
アスキー
発売日 : 2001-11-16

この本を読むのはたぶん5度目か6度目で
今手元にあるのも貸したり無くしたりで3冊目か4冊目。
このところ毎回古本を買っている…。
いい加減この本は電子書籍化してくれ!

次は「楽観主義者の未来予測」と「第五の権力」を読みます。


さて、ラクスルで発注するか。
ということで、引き続き無所属ですがよろしくお願いいたします。
 
| 13:40 | me |
 
 
ざっくりしたレシート

こういうレシート。
ざっくりしてんなー!
何が言いたいかというとですね
 

3/30日にご飯食べに行ったところで
このようなレシートをもらってtweet等したところ
わりとRTとかFavとかしていただきまして
「税率変更の為の一時的なもの」
じゃないかという説が出ておりました。
そっかー、なるほど。
忙しいときにお邪魔したわけだな、ふんふん。
揶揄するような取り上げ方してすみません。
とか思ってたんですけど、違いました。

4/12にもらったレシートも「のみもの」「たべもの」でした!

でもとてもおいしいところなのでまた行きます。


以上報告でした。
 
| 22:00 | neta |